私はトイレで必ず振り返る
書き仕事の締め切りが重なっており、自宅に缶詰めの生活が続いているが、仕事の進み具合は芳しくない。
アイデアはいっこうに出ないが便だけは出る。
文章が絞り出せない時ほど便通が良くなるのが私の常である。一昨年に胃のピロリ菌を退治してからというもの、軟便の割合が減り、これぞという健康な便が続いている。幸せだ。
ふと思う。便を出し、水で流す前に、振り返って自分の出したブツを確かめるのは私だけだろうか。気張った力の量と排出されるときの感触と音から予測されるものと等しいだけの量、または想像される形状で出ているのかどうかを確かめるのが私の常である。予想に寸分たがわないブツが出ていたらちょっと嬉しいだけなのだが、この確認作業がやめられない。己の人生を振り返って答え合わせをすることなんて一生しないだろうが、便の答え合わせだけは一生続けるのだろう。
出先のデパートの個室トイレに入っているとき、ドンドンドンと激しくドアをノックされるだけでなく、「もれちゃう!助けてください!」という少年の悲痛な叫び声をBGMにしながら用を足したことがある。譲れるものなら譲ってやりたかったが、こちらのお腹もスクランブル状態だったので、「別の階にあるトイレに行った方が早いよ!」と中から指示を出すのが精いっぱい。ほどなくして「あぁぁぁぁぁ……」という絶望の呻きと共に、ドアの向こうでは最悪の結末が訪れたようだった。
便を出し切った後で、おそるおそるドアを開けると、床に倒れ込んだ少年が、親の仇を見るような目で私をにらんできた。いい殺意だなと思った。映画『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹を撃ち殺す前の微笑みデブの顔だった。
そそくさとトイレをあとにするも、少年のあの目がどうしても忘れられず、衣料品売り場で子供用下着を購入して現場に戻った。鼻水を垂らしている少年に下着を手渡したら、蚊の鳴くような声で「ありがとう」と彼は言った。こんなときでも感謝の言葉をちゃんと言える。たいした子だと思った。
漫画『スラムダンク』の名言で『「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる』(山王工業:堂本監督)というものがある。それと同じように『「クソを漏らしたことがある」というのがいつか大きな財産になる』と私は信じている。あの子は今どんな人生を送っているのだろう。